そこにストーリーを見いだすのは誰?

 現実の現象の中で感情が動いたりするわけですが、そのストーリーを創っているのは自分の脳内変換だったりする。多くはオリジナルというより童話、今まで聞き及んだ話、テレビ等のマスコミが元になるわけです。それが人と一致すればそれは共同幻想。多くの人はそれほど独創的なものを持っているわけでもなく大抵は人と同じである事に安心を見いだす。しかし人とは同じではイヤだというひねくれ者は自分が人と大して変わらぬ平凡さに落胆する。
 が、しかし現実からストーリーを見いださないと現実はただランダムに事象が起こって何も結びつかない偶然の産物となり何も理解できなくなる可能性もある。まぁ、これがまったく主観がない客観性はあり得ないという事なのだろう。もうずっとここら辺でループしていて何も変化無し。そのうち忘れて他の事に興味は移るが、またここに舞い戻って来ると同じように考える。人生ってこれの繰り返しか。その内舞い戻った時少しでも前進すればラッキーとか。
 というか、そこら辺をちゃんと整理して論理を組み立てられる人が前進できる人か。でもこれもモノの考えの一面しかないと思うのでこれはこれという話でしかないのか。