読まれる事をまったく意識しない文章なんて存在するのだろうか。

読まれるものからほど遠いものに実物の日記があるが、これさえも読まれる事を意識していないとは言えない。いつかは家族に発見される場合を想定していたりするものだ。その対極にあるものはWeb上の日記やブログだろう。見ず知らずの人に読まれる事を想定して書くのだからトイレの落書きと揶揄されるのも無理からぬ事ではある。結局、みんな私を見て、状態ではなかろうか。