経営にはやっぱり神話が必要

アップルのiPhoneが話題である。出る前から相当な噂がありアップルが出す気がなくても出さざるを得なかったのではないかと思われるほどネット上では勝手な予想モデルが出回っていたほどだ。それが本当に出たのだけどやっぱりインパクトは大きい。まさに期待していた事にそっくり応えたと言う事だ。今までは期待値を下がる製品が多かった中で殆ど一致したという事でも大きいのかもしれない。その分実際の販売は半年先という事だが。日本では販売になるかも不明である。だから無関係ともいえないだろう。iTunesも一粒も入れない米輸入の如き雰囲気が無かったわけでもないが何とかオープンにこぎ着けた。iPhoneは特別だからキャリア制限がないSIM書き換えで自由にどこでも使えるようになったら導入もスムーズでそれなら7万円位でも売れるかもしれない。まさに携帯のポルシェだな。問題はGMSか。
 でなんでアップルの一挙手一投足が話題になるかといえばそれはジョブズのカリスマ性に負っている所が大きいと言わざるをえない。ジョン・スカリーじゃだめなんだ。こうなるといくら経営に努力しても限界が見えてきてしまう。CMで経営者がスポーツ選手になぞらえてスポーツができてもダメで私は何をすればいい、というのがあるけれど何をしてもダメかもしれないと思ってしまう。まずは創業時の神話、数々のエピソードに彩られて始めで現在の成功がある。もちろんそれでもいつかは終焉を迎える。アップルはこれまで成功した会社と見られて来た事は無かったがiPodの成功で本格的に花開いた企業に変身できたこれからの企業なのだろう。
 日本にもソニーやホンダなどに代表される神話を持つ企業があってその成功物語はみんなが知る所である。それらが企業ピークを過ぎてしまったのかこれからも再浮上があるのか知らない。しかし今の代表がカリスマがあるかと言われれば残念ながらジョブズほどのカリスマ性はないだろう。それだけで決まるわけではないけれどアップルはとても有利なリソースを保有しているといえる。資源は限られている。特に人材と言う資源は簡単にコピーできないから。