なぜ社会はつまらないのか

なぜ会社はこんなつまらない仕事ばかり山積しているのか。それが雪かき仕事だから誰かがしなければ社会が回らないと納得する事は正しいのだろうか。やりたくない事をやらない自由はない。そんな社会に見切りをつけて早々と去っていったものは正しいのではないか。先見の明というやつ。そんな社会に固執して必死にしがみついている方が哀れではないのか。社会の方が変わらなければならないと露とも思わない人々がいるのだろうか。では、やりたい事ができる社会とはどんな社会。そんなのは才能に恵まれた一部の人だけに許されるもの。大多数の人間はやりたくない事を我慢していやいやするしかないのだろうか。そういう社会が正解なのか。
 やりたい事ができても採算に合わなければ慈善事業だ。しかしあなたがやりたいと思う事はあなただけがやりたいと思っているものだろうか。多くの人がそうなればいいのにと思う事があなたがやりたいものならばやりたい事ができる社会ができるはずなのだ。そうならない社会の方が間違っている。本当は社会は楽しいもののはず。社会が厳しいというのは間違った認識だ。そう信じさせようとする既得権者の陰謀だ。そんな世の中に変わってしまったら自分たちの利益が無くなる。だから現状のシステムを温存しようとする。人間は自分が楽しいと思う事以外やってはならないのだ。つまらない事をするのは罪です。重罪です。人類に対する背任です。楽しければいいじゃない。あぁ、もちろんつまらない事をする権利を否定まではしません。