ネット、メディア、特性

新しいメディアが出て来たときそれがどういう影響を与えるものか直には理解されない。だからネットもその情報がどの位信憑性を与えるものかで混乱があったかもしれない。それでただのイタズラ心で書き込んだものが大騒動になったり、フィクションかノンフィクションか分からなかったり。まぁ今でも明言しなければ分からないものもあるだろう。しかし明言しなければならない理由も無くそれを売りにする事だってできる。それもネットの特性ではある。
例えば書物だったら書いてある内容は確実に過去のものである事が分かる。それが近未来予測であってもそれを思いつき言葉を定着させたのは過去なのだ。そんな事言ったらネットだって過去の事であるけれど、現在起こっている事をほんの僅かの時差で書き込む事が出来る。もちろん書物のようにずっと過去の事だって書ける。ラジオが始まったばかりの頃オーソンウエルズの宇宙大戦争がラジオでドラマ化されそれを聞いていた市民が実際の出来事と勘違いして大騒動になったという話は有名だけれど、ネットにもそういう所はある。これまでのメディアは会社が経営する事が多かったのでそういうメディア規制は管理し易いものだったが、個人が気ままに始められるネットではそういうわけにもいかない。
新聞だって今では権威を象っているが始まりはイエロージャーナリズムみたいなもので、誰も新聞の書いてある事なんか信用していなかったような気がする。時間というものは恐ろしいもので長くやっているだけで、昔からあったというだけで信用が生じてしまうのだから継続は力なりとはよく言ったものだ。
文字という同時性が余り無かった形態が同時性を獲得した事がネットの戸惑いを生むのかもしれない。