「よろしかったでしょうか」新しい言葉が生まれるとき

少し前に結構問題になった言葉。あと「○○円からお預かりします」。これらは新しい敬語である。まだ定着するかわからないが。ではなぜこのような新しい言葉が生まれたのか。これは決して尊敬できないような人々だが仕方なく丁寧な言葉遣いをする為に生まれた商業的差別用語なのである。「よろしかったでしょうか」は「よろしいでしょうか」が多分本来の言い方である。しかし「よろしい」が目上の人が目下のものに言うような言い方なので「よろしかった」という疑問形にして意味をぼかして耳障りをよくしたのであろう。また「よろしいでしょうか」では主人に対する使用人のような感じで現代にそぐわないという事もあるが私はあんたの使用人ではないという表れでもある。で現代の庶民は「よろしかったでしょうか」を使われろという事なんだろう。言葉は必要に応じて生まれる。どんなにおかしいと思われても必要があるから表現を変えて定着するまで生まれ続けるのである。それは言葉遣いがおかしいという問題ではないのである。あなたにはその言葉は不似合いだから、別な言葉を用意しましたと言われているのである。