ゾウリムシの宗教

ゾウリムシも嫌なものから避けるという運動をするのだから合理的な生き方をしてるのだろう。しかしゾウリムシも合理的な行動をしているはずなのに酷い目にあったり危険な目に遭遇しているはずだ。そんな時彼らも悩まないだろうか。ここで合理性は右へ行けと指令するがそれが常に快い状態になるとは限らない。ならば合理的な判断ばかりをするとは限らない。その場合彼らは何を行動の指針とするのだろう。今回は運が悪かったこういう事もあるさとあっさり運命論を受け入れるのか。それとも日頃の行いがこれからの行動に影響すると考える?かもしれない。彼らに考える等と高度な事はできないと言うかも知れない。とにかく合理的な行動ばかりではうまく生きていけないという行動に切り替えるかもしれない。4回に1回は非合理的な行動を取るグループと5回に1回取るグループに分かれるかもしれない。これを仮に4回派と5回派と呼ぶ事にして結果として4回派のグループが多数生き残ったといった結果が現れたならば4回派が多数派になり遺伝的形質となって進化するかもしれない。そういった諸々の解釈の違いを経てゾウリムシの間に宗教が形作られていったのである。