人に怖れがあればクラッシュに至らない

だからといって腫れ物に触るような対応であってはダメなんだろうけど。もちろん単に優しく接すれば良いというものではない。どんなに厳しく当たってもその奥に愛情を感じられなければダメだろう。それはただ思っていただけではダメなのだ。相手にそのメッセージが伝わらなければ。その役割分担ができていればそういう悲劇に陥らないけど一人では限界か。
 私事になってしまうが、私の親はあまり怒らなかった人間だった。だからこんなになってしまったとも言えるけど。そして何よりも心配していたのはデモ等の衝突で社会に暴力を振るってしまう人間になる事を怖れていたような気がする。何を考えているか分からない若者に対しての怖れ。もちろん怖れ過ぎて何も言えなくなってしまうというのも問題だがそういう心配をする人がいるとそう簡単にはそれを裏切って一線を越える事は困難になる。それを超えるにはそれなりの覚悟を要するようになる。ただ厳しくしただけではそういう関係は生まれないのではないか。まぁオレももう若者でないから今の人がどう考えているなんて皆目見当が付かないのだが。こんな考えは甘々なのかもしれないし現実はもっととんでもない所へ行っていて、ただのノスタルジーの戯言に過ぎないかもしれないけど。