発言小町化する世界

発狂小町というまとめサイトが人気を集め過ぎて閉鎖の憂き目にあったのは記憶に新しい所だが発言小町で行なわれている事は、はてな人力検索にも増田にも見られる現象ではないか。
 つまりそういう事を質問してしまうのですね、という感受性である。キチガイが暴れ出すような世界ではそういうのが流行るのも致し方なし感が漂うが本当に役に立つのかと思えば仲良しクラブの甘えの構造じゃねぇのかという疑念を捨てる事ができない。人生を舐めている、生きる覚悟がねぇんだよ。でもそれでも生きていけるんだからそれでもいいかも、という邪念もわき起こる。そんなハードな世界だけが世界じゃない。結局どういう考え方に寄り添って生きていくかという選択の問題。結局ネットが出現したから起こるある種の帰結でしかないのか。文字だけのツールじゃこうなるのは必然か。