つまらない小説を書こう

なぜ今まで面白い小説を書こうとしていたのだろうか。みんなが面白そうな小説を書こうとするから似たようなものが出来上がってしまうのではないか。なーんだ簡単じゃないか、つまらない小説を書きさえすればいいんだ。そうすればその斬新な表現は忽ち評判を呼び新しい小説の登場と騒がれるかもしれないではないか。どうして気づかなかったのだろう。誰も読みたがらない退屈で眠くなるようなあくびが出るような小説こそ私が求める小説ではないのか。それこそが誰も注目してこなかったような隙間に光を当てる事になる。それこそが残された未踏峰、未開の地。つまらなさを追求するのだからまさに未開のフロンティアが眼前に手つかずに残っているはずだ。オレの自由に思う存分使える未開領域。こんな未開の大地が21世紀まで残っていたなんて信じられる? どうして誰もやってこないんだ。本当に使っていいのだろうか。なぜ誰も使わなかったのだろう。いやいや恐れてはいけない。だからこそ誰も使わなかったのではないか。勇気を持って一歩を踏み出せ。つまらない小説の第一人者として世界に飛び出すのだ。その余りのつまらなさに、それこそみんなの頭をガツンと一撃して目覚めさせてくれる小説になるはずだ。ぼくらをこのうえなく苦しめ痛めつける不幸のように、自分よりも愛していた人の死のように、すべての人から引き離されて森の中に追放されたときのように、自殺のように、ぼくらに作用する小説。ぼくらの内の氷結した海を砕く斧になるほどおそろしくつまらない小説。